『フードテック革命』監修者・外村仁さんに聞く。
「大豆ミート」はブームか、次のスタンダードか(前編)
2021.09.13
2021年、大豆などの植物性たんぱく質を原料に作られた「プラントベース食品」の世界が盛り上がりを見せています。日本でも昨年あたりから、コンビニや街の有名カフェチェーンでも「大豆ミート」を冠した商品が出回り、生活の一部として身近に感じ始めた人は多いのではないでしょうか。
「プラントベース食品」は米国海岸沿いの健康意識の高い都市部を中心に、すでに多くの人々の生活に取り入れられていると言います。いま、世界で急速に需要が増している「プラントベース食品」ーー その進化の実態をサンフランシスコ・ベイエリア在住で、ベストセラー『フードテック革命』の監修者、『Food Tech Studio-Bites!』ファウンダであり『Smart Kitchen Summit Japan』を立ち上げたうちのひとり、外村仁さんに聞いてみました。
「プラントベース食品」は、”フードテック”のひとつ
シリコンバレーという最先端なイノベーションが勃興する地域を含むサンフランシスコ市湾岸に居を構える外村さん。昨今『フードテック』という、食とテクノロジーの融合領域の進化が目覚ましいようです。これは一過性のブームなのでしょうか。
-
外村仁
フードテックは新しい生活様式に取り入れられつつあります。フードテックとひとことで言っても、そのカバーする分野は多岐にわたります。農業の人手や後継者の不足、飽食社会のフードロス問題、サプライチェーンや物流の効率化、栄養のパーソナライズ化、IoT家電など、さまざまです。中でもとくに植物性たんぱく質を原料とした大豆ミート、植物性たまご液、植物性チーズなど『プラントベース食品』は地球環境保全や人類の健康に貢献するイノベーションであり、最も注目度の高い分野のひとつです
米国のフードテックイベント『スマートキッチン・サミット(SKS)』創設者のマイケル・ウルフ氏によれば、フードテック産業は2025年に700兆円規模の市場に達すると言われ、市場として大変注目度が高いことが伺えます。ハーバードビジネススクールのレポート*¹ によれば、植物性たんぱく質を原料としたプラントベースの肉が地球へ与える環境インパクトは、牛肉と比べると約90%近い削減効果があると言われています。
地球温暖化を少しでも遅らせるためにも、大豆などの植物性たんぱく源をより身近に生活に取り込めるよう、多くの選択肢が増えるといいなと願っています。私たち消費者にとっても生活と密接にかかわる、大きな変革のタイミングなのかもしれません。外村さんによると「食の安全性を高め、地球も人間も持続可能に健やかに暮らす」、それがフードテックのコアコンセプトだそうです。
- *¹ 参照:Harvard business school 9-520-046 Impossible Foods Jose.B.Alvares
海外の支持者は、Z世代のフレキシタリアン!?
-
外村仁
僕の長子が西海岸の実家を離れて東海岸の大学に入りました。寮生活では、学友たちと自炊などを頑張っていました。コロナの影響で自宅に戻ってきたとき、驚いたことにお肉をあまり食べない『フレキシタリアン』になっていました。フレキシタリアンとは日本語で準菜食主義者などとも言われますが、フレキシブルなベジタリアンという造語です。ベジタリアンほどではないものの、植物性の食品を中心に、ときどき動物性たんぱく源を摂る人たちのことを指します。
長子もかつてはごく一般的にお肉を食べていた子でした。詳しく話を聞くと、寮生活をしている学生のほとんどがフレキシタリアンなのだそうです。そんな環境のなかで仲間から影響を受けていたそうですが、長子が大学に入ったのが2019年9月。ちょうど国連気候行動サミット(UN Climate Action Summit 2019)があった頃で、グレタ・トゥンベリさんが彗星のごとく世間に現れたタイミングでした。それ以前から若い世代の環境問題に対する危機感はあったように思いますが、世界中のZ世代(1990年代後半~2000年生まれ)と言われる若い人たちが一気に危機的状況を共有し、なにか行動に移さねばと思った頃でしょう
国際環境NGOグリーンピースのレポート*² によると、肉食産業が排出する温室効果ガスは飛行機や船舶、車などの公共交通から出る二酸化炭素とほぼ同じ量と言われており、肉食が地球環境に与える影響の大きさは、欧米のティーンエイジャーたちにとって大きな関心ごととなっています。また『データでわかる 2030年 地球のすがた (日経プレミアシリーズ)夫馬 賢治(著)』によると、現在75億人と言われている人口も2050年に97億人に達し、食糧不足が深刻化するそうです*³。しかし現在大豆の食用部分(油加工を除く)は、世界の収穫総量のわずか4%にとどまっているのです*³。飼料として大部分が消費されてしまう現状。大豆の可食部分を増やすことこそ、来たる食糧不足問題への備えとして重要な解決策ひとつであり、フードテックの重要なミッションに直結します。
-
外村仁
英語圏である欧米やシンガポールなどでは、環境意識の高いインフルエンサーたちが、SNSなどを通じて同世代を啓発していることも影響し、環境問題を身近に感じはじめた若者が多いようです。日本の場合は言語の壁もあるのか、浸透がゆっくりに思います。でも、日本でも若い人発の新たなスタンダードとしてこれからしっかり浸透していくのではと思います。実際、いち親としても、Z世代から学ぶことが多いなと日々感じています
-
*² 参照:https://www.greenpeace.org/japan/sustainable/story/2019/06/18/9049/
FAO document 2013, Gerber et al 2013, 15pp / IPCC. Weber, D. Zhou, J. Zou, and T. Zwickel, 2014 - *³ 参照:データでわかる 2030年 地球のすがた(日経プレミアシリーズ)夫馬 賢治 (著)国連人口部(2019)
「日本では大豆ミートなんて目新しくない」という誤解
-
外村仁
僕自身、日本でプラントベース食品を含むフードテック産業を盛り上げるべく、さまざまな活動していきました。ひとつに、2017年『Smart Kitchen Sumit Japan(SKSJ)』という、カンファレンスをシグマシス社の田中・岡田両氏と共に立ち上げ、日本でのフードテックコミュニティを醸成してきました。”食と料理×サイエンスとテクノロジー” をテーマに、さまざまな企業でイノベーションに取り組む人や、起業家、シェフ、投資家、研究者など、幅広い領域から、産業進化にパッションを持つプロフェッショナルが集い、つながり、新しい価値を創造する場です。
ところで、そういう活動の中で国内大手企業のトップの方々と話すと、大豆ミートとか植物性たんぱくなんて珍しくない、昔からやっていたよ、と一笑に付されることもあるわけです。 たしかに、日本には古から伝統と工夫の積み重ねで大豆たんぱくを摂取してきた歴史があるので、当然のリアクションなのかもしれません。しかしこれまでになかった技術やアプローチで斬新な商品を開発している人たちが、世界のあちこちから出てきているのが現実なのです
「肉に近い味を植物性の原料で再現する」そんな食べ物がすでに世界で食されている。日本料理は ”素材のもち味を生かす” ことが流儀ですが、 ”異素材で別の食材の味や食感を再現する” という新たな食の変革なんですね。
-
外村仁
この現象は僕にとってはデジャヴで『iPhone前夜』と名付けました。理由は2007年にアメリカでiPhoneの初号機が発表*⁴ された頃の日本の反応を思い出したからです。iPhoneの初号機は日本で発売されませんでしたが、とある雑誌がアメリカからわざわざ初号機を持ち帰り、解体するという企画を行なったそうです。 企画に参加された日本の携帯電話メーカーの幹部の中には『技術的に特筆すべきことはない』と一刀両断にされた方もいらっしゃったと聞きました。しかし、その後ご存知の通り、世界市場は一気にスマートフォンに切り替わりました。日本がハードウェアの議論に終始し続ける間に、iPhoneは初めから内在させていた、スマートフォンを使う人々の体験を変革するコンセプトを見逃しました。この現象からの学びは多いと考えています。すでに持っている日本の高い技術のなかにこそ、世界にフードテックとして再定義されるべきものがたくさんあるのです
外村仁
ベイン&カンパニーを経て、1992年よりアップル社で市場開発やマーケティング本部長職などを歴任。2000年シリコンバレーにてGeneric Mediaを共同創業、資金調達から売却までを経験。First Compass Groupを創業し、現地スタートアップと日米提携案件を複数実現。2010年からはEvernote Japan会長として、ドコモ・日経との大型資本/業務提携を実現、同社をユニコーン企業に成長させる。シリコンバレー日本人起業家ネットワーク(SVJEN)の初代代表。未踏プログラムや異能vationプログラムのアドバイザーも歴任。近年はScrum Venturesのパートナーほか、シグマシス社の田中・岡田両氏と共に『SKSJ』の立ち上げや『Food Tech Studio-Bites!』のファウンダとして日本のフードテックコミュニティの醸成を積極的に行う。『フードテック革命』(日経BP)監修。東京大学工学部卒。スイスIMD MBA。